共存主義の未来像

前回述べた方法により共存主義の基礎を打つことができたとして、その基礎の上に、どのような未来を築くことができるのだろうか。この論考の最終回にあたり、共存主義の未来像について、ごく大まかなスケッチを描いておきたい。 しかし、ごく大まかなスケッチ…

共存主義の基礎

この論考を連載している最中にも、その内容を証明する事実が次々に起こってくる。一昨日の報道によれば、ギリシャの財政危機で世界の金融市場が動揺しているのを受け、�米連邦準備制度理事会や日本銀行など世界6中央銀行が協調してドル資金の市場への供給を…

現在はすでに共存主義

私は、前(第1回)に、1つの体制が終わり次の体制に移行するときには、誰が見ても分かるようなメルクマール――ごく簡単に言うとすれば、転換の節目に武力が行使されることと、所有形態の変更が行われること――があると述べた。 ところが、「資本主義」から次…

資本主義から共存主義へ

私は、前回までに、「資本主義は終わっている」という事実を論証した所存であるが、それでは、資本主義が終わった後にどうなるのだろうか。ささいなことでも将来を予測することは難しいのに、ことは「資本主義の後」という大きなスケールの問題であるから、…

漂流する「資本主義」

資本主義の基礎である「私的所有」、「法的主体性」、「契約」が壊れていて、すでに「資本主義は終わっている」という状態になっていることは、前回に述べたとおりであるが、それでも、漂流する資本主義を沈没させまいとする試みは、いろいろ行われている。…

「先取り」による資本主義の終焉

私は前(第8回)に、「先取り」――すなわち、「価値」を生み出す前に先に取ってしまうこと、先取りした段階では中身のない空っぽの価値――が、私的所有、契約、法的主体性という資本主義の基礎を毀してしまったことによって、「資本主義は終わっている」こと…

貨幣と「先取り」される虚の価値との交換について

今回は、「先取り」に関する最も基本的な問題を、理論的に考察することにしたい。 中身が空っぽの価値を埋め込んだ金融商品は世の中にたくさん出回っているが、ここでは、前(第15回)に説明した「アメリカの債務担保証券(CDO=コラテライズド・デット…

財政出動を要請する「先取り」の影響

前回「先取り」概念を道具としてサブプライムを例に挙げて分析したように、「先取り」された虚の価値、すなわち空っぽの価値は、金融市場や実体経済まで破壊してしまった。しかし、それだけで収まったわけではない。今度は、政府に財政出動を促すのである。 …

「先取り」概念によるサブプライムローンの分析

「先取り」は、あくまでも認識のための道具概念であって、私は、それ自体が真実であると主張しているのではない。しかし、「先取り」概念を使うと、事象を正確に認識し、分析することができる。そこで、米国で行われたサブプライムローンの問題とそれを引き…

「バブル」でなく「先取り」経済(5回中の5)

前回は、『先取り経済 先取り社会』に沿って、「先取り」理論の展開を途中まで書いたが、先に進めよう。 「二つの仮説」という章では、「先取り」の仮説を修正するとともに、もう1つ仮説(スタグフレーションの仮説)を立てたが、ここでは、「資本主義は終わ…

「バブル」でなく「先取り」経済(5回中の4)

前回紹介した『剰余価値の先取り体制に関する試論』には若さ故の気負いがあり、文章が生硬で、内容的にも少し手を入れたいところがあるが、それはともかくとして、私は、この仮説を体系化することを畢生の仕事としようという気持は持ち続けていた。 しかし、…

「バブル」でなく「先取り」経済(5回中の3)

前回に引き続いて、「先取り」という概念を思いついた経緯と「先取り」理論の内容を述べる。今回は、その3回目になる。 前回私は、1969年1月29日に行った金嬉老事件の意見陳述で初めて「先取り」理論を公表し、その意見陳述の一部に加筆して、196…

「バブル」でなく「先取り」経済(5回中の2)

前回から「先取り」という概念を思いついた経緯を述べることにしたが、今回は、前回に引き続いて、私が1966年にまとめた『663メモ』の続きを転記することからはじめたい。 「利益計上の先行性を何故に、ここで問題として把えるのか。これは単に企業の…

「バブル」でなく「先取り」経済(5回中の1)

今回から5回にわたって、「先取り」という概念を思いついた経緯と「先取り」理論の内容を述べることにするが、タイトルは、〈「バブル」でなく「先取り」経済〉ということにしたい。なぜならば、ここで言いたいことは、世の中で「バブル経済」と言われてい…

資本主義、社会主義、混合経済

前回(第8回)は資本主義について定義したが、その対極にある「社会主義」も見ておかなければならないだろう。もっとも、「社会主義とは何か」という議論をすればきりがないので、ここでは、辞書を引用することにしたい。すなわち、『大辞林』(三省堂)に…

資本主義の定義と終焉の指標

前回に「先取り」という見方について述べたので、引き続いて「先取り」の概念とそれを思いついた経緯について論述したいところだが、その前に、「資本主義」という言葉の定義をしておきたいと思う。そして、この論考は、「資本主義は終わっている」という事実を論…

「バブル」でなく「先取り」という見方

前回引用させていただいたガルブレイズ『バブルの物語――暴落の前に天才がいる』とベックマン『経済が崩壊するとき――その歴史から何を学び取れるか』という2冊の本に紹介されている歴史的事実は、まことにすさまじいばかりのドラマである。現在のわれわれか…

いわゆる「バブル経済」の歴史

資本主義の歴史は、市場の歴史でもある。そして、市場はしばしば暴走した。つまり、資本主義には絶えず市場の暴走がついてまわっていたのだ。 さて、ここに2冊の本がある。 1冊は、ジョン・K・ガルブレイズの『バブルの物語――暴落の前に天才がいる』(鈴…

ケインジアンの理論に対する懸念

新自由主義に取って代わられる前に主流の位置を占めていたのは、ケインズ経済学である。ケインジアンの理論は、1929年の恐慌を克服するためのニューディール政策に採用され、ごくおおまかに言うと、以後1960年代まで各国の経済・財政政策の主流の座…

新自由主義に対する批判について

世界的な金融崩壊を目の当たりにしたとき、いったいこれまでの経済学は何をしていたのか、という疑問が湧いてくる。2009年1月31日付け朝日新聞の「けいざいノート」欄の『金融危機が与えた宿題』というタイトルの論説は、同様の疑問を述べたうえで、…

続々・なぜ資本主義が終わっていると認識されていないのか

前回と前々回に、なぜ資本主義が終わっていると認識されていないのか、その理由について、第1から第4までを述べた。今回は私なりに思いついた5つの解答のうちの第5の理由について述べる。 すなわちそれは、「資本主義は終わっている」と薄々気づいていて…

続・なぜ資本主義が終わっていると認識されていないのか

私は『資本主義は終わっている』というテーマについて論じようとしているのであるから、この論考が短く終わってしまうことはない。おそらく20回を超える連載になるだろう。そして、前回と今回と次回の3回は、その序章にあたる。 今回は、前回に引き続いて…

なぜ資本主義が終わっていると認識されていないのか

資本主義は終わっている。 資本主義の時代は、すでに終わっているのだ。 資本主義の時代がすでに終わっていると認識している人は、かなりいるのではないだろうか。はっきり認識していなくても、薄々気づいている人は、相当多数にのぼるのではないだろうか。 …